ライブラリ整理をしたら新曲が見つかった

発端

新曲を作ろうとしていたわけじゃない。

むしろ逆。

最近、
あまり新曲を作っていなかった。

ふと、
Sunoのライブラリを整理していた。

過去作。ボツ。未完成。途中保存。

タイトルすら付いていないもの。

そんなものを、
なんとなく聴き返していた。

すると。

見つかった。

「これ、良くないか?」

現状認識

不思議な話ではあるが、、、

作った直後って、意外と分からない。

近すぎる。

何回も聴いている。

生成中も聴いている。

修正でも聴いている。

だから、感覚が麻痺する。

完成した瞬間よりも、

数ヶ月後。忘れた頃。

その方が、フラットに聴ける。

今回もそうだった。

ライブラリの奥に埋もれていた曲。

当時は、そこまで強く刺さらなかった。

でも今聴くと、

「あれ?」

「普通に良いな」

ってなる。

構造

考えてみれば当然かもしれない。

創作している時の自分と、

聴く側の自分。

実は別人だ。

作っている時は、

構成。歌詞。コード。生成結果。

修正箇所。ノイズ。

そんなものばかり見ている。

でも時間が経つと、

ただのリスナーになる。

だから、純粋に曲として聴ける。

つまり、作者フィルターが外れる。

これ、結構大きい。

判断

最近少し思う。

創作って、足し算だけじゃない。

新しいものを作る。

次を作る。

もっと作る。

もちろん大事。

でも、埋もれたものを掘り起こす。

これも立派な創作活動なんじゃないか。

少なくとも今回、ゼロから生まれてない。

過去の自分が残していたもの。

それを今の自分が見つけた。

そんな感覚。

本質

AI音楽をやっていると、
特に起こりやすい。

生成速度が速い。

試作も多い。

気づけば、
ライブラリが膨大になる。

すると、

「次を作る」

ばかりに意識が向く。

でも、その山の中には、

まだ評価されていない曲。

まだ聴き直されていない曲。

まだ出番を待っている曲。

そういうものが、
普通に眠っている。

まるで在庫。

でも、

見方によっては資産かも、だな。

結論

今回見つけた曲は、

未来から来た新曲じゃない。

過去の自分から届いた新曲だった。

だから最近少し思う。

創作は、足し算だけじゃない。

発明でもない。

時々、発掘なんだと思う。

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