■発端
AI生成楽曲を区別するため、
「業界」が新しいラベル制度を発表した。
そのニュースを見て、
最初に気になったのは、
ラベルの是非ではなかった。
■現状認識
まず思った。
「業界って、誰?」
レコード会社なのか。
配信事業者なのか。
クリエイターなのか。
リスナーなのか。
一括りにされると、
急に輪郭がぼやける。
■考え始めたこと
じゃあ、
リスナーは本当に知りたいのだろうか。
AIが歌っていることを。
AIで作られたことを。
人によって答えは違うと思う。
気にしない人もいる。
避けたい人もいる。
むしろ興味を持つ人もいる。
■自分の場合
隠すつもりはない。
BeatroseはAI制作であることを、
今までも制作ログで公開してきた。
でも、
「AIが歌っています」
だけを前面に出したいわけでもない。
主役は音楽だから。
AIは演奏家であって、
作品そのものではない。
■逆の立場で考える
もし自分が、
ずっと人間だと思って応援していたアーティストが、
実は完全なAIだったと知ったら。
少し驚くと思う。
場合によっては、
裏切られたように感じる人もいるかもしれない。
そう考えると、
最初から伝える意味も理解できる。
■本質
ここで重要なのは、
「義務」ではない気がする。
AIだから表示しろ。
AIだから隠すな。
そういう二択ではなく、
作品との向き合い方を、
リスナーが選べる余白。
そのための情報。
ラベルとは、
本来その程度のものなのかもしれない。
■結論
AI音楽ラベルは、
作品の価値を決めるものではない。
リスナーが作品との距離を決めるための、
ひとつの手がかり。
義務ではない。
でも、
余白はあった方がいい。
Beatroseも、
AIであることを隠すつもりはない。
ただ、
最初に届けたいのは、
「AIが作った音楽」ではなく、
「この曲、好きだな」
という感覚だったりする。


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