AI音楽なのに、AIを主役にしたくない

発端

音楽制作にAIを使っている。
隠すつもりもない。

むしろ、
かなり積極的に使っている側だと思う。

実際、Suno。Claude。AI Studio。

各種生成系。相当助けられている。

でも、だ。

最近、妙な違和感が残る。

現状

世の中の空気としては、

「AIすげー」が中心にある。

ワンクリック。数秒生成。

爆速。革命。まあ、分かる。

実際すごい。

ちょっと意味不明なくらい、
すごい。

でも、Beatroseでやりたいことって、
そこが主役じゃない。

むしろ逆なんだよな

AI感を前面に出しすぎると、
急に冷める。

感情が抜ける。

最近ずっと、
そこに違和感がある。

理由としては

AIって、
「演奏家」に近い感覚なんだよな。

優秀。超高速。文句も言わない。

大量生成も可能。

でも、

空気そのものを決めているのは、
結局こちら側。

何を作るか。何を捨てるか。
どこで止めるか。どこを壊すか。

そこは人間が決めている。

むしろ今の時代、「生成する能力」より、
違和感を嗅ぎ取る能力の方が、
重要になってる気すらする。

実際、AIに全部任せると、
かなり高確率で、
“綺麗だけど薄い”。

整いすぎる。

ノイズが消える。

つまり人間臭さまで最適化される。

そこが怖い。だから最近、

完成度を上げるというより、

少し崩す。少し濁す。
少し不安定にする。

そういう方向へ、感覚が寄っている。

本質

AIは確かに強力。でも、

主役ではない。少なくとも、
Beatroseでは。

AIは演奏家。空気を決めるのは、
人間側。

その感覚だけは、
最後まで手放さないことにしている。

結論

ワンクリックで、
それっぽいものは作れる時代。

だからこそ逆に、

「何を鳴らさないか」

の方が、
作品の人格を決め始めている気がする。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

目次