発端
Shorts用動画を、
延々と調整している。
最近の構成としては、昔のライブ映像。8秒。
次、VHS停止ノイズ。2秒。
最後、AIカバー曲。20秒前後。
感覚としては
秒単位の削り合い。
削る。前置き。空気。間。余韻。全部。
その理由?
短尺文化。
止まった瞬間に負ける。
離脱されたら終了。
なので最初の1秒。
次の数秒。そこへ異様に神経を使う。
でも、Beatroseでやりたいことって、
本来そこじゃない。
むしろ逆
湿度。余白。じわじわ浸食してくる感じ。
夜の空気。説明しきらない感情。
そういうもの。
つまり
相性が悪い。かなり。
実際TikTokでは、
どうにも噛み合わない感覚がある。
一方で
YouTube Shorts側は、
ほんの少しだけ、
空気を拾っている感じがある。
理由は不明
年齢層なのか。文化圏なのか。
視聴姿勢の違いなのか。
TikTok側は瞬間的な刺激。
即理解。高速スクロール。
かなり「反射神経寄り」の空気。
対してYouTube Shortsは、
少しだけ“視聴”に寄っている感じがする。
だから最近
同じ動画でも、
置く場所によって
空気が変わる感覚がある。
最近ずっとその衝突を感じている。
だから今の動画群、少し歪。
無理やり30秒へ圧縮された、
空気の断片。
それでも完全に諦める気にはなっていない。
むしろ「余白」を残したまま、
短尺の中で成立させる方法はないか。
そこを探している。
結論
30秒に人生を押し込む。
かなり無茶。でも、
この時代の土俵に立つなら、
一度は向き合わないといけない気もしている。


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