1994年と2026年、30年を隔てた音楽がつながった日

30年前の曲を、もう一度

2026年、Beatroseを再始動した。

新しい曲を作りながら、1990年代に作った曲も、今の環境で再構築している。

「DaDiDa」と「LoveSong」。

1994年頃の自分が作った曲を、30年以上経った今の自分が、もう一度形にしている。

考えてみると、妙な話だ。

当時は、30年以上先に自分がその曲を作り直すなんて、想像もしていなかった。当然だが。

それにしても、よく残っていたものだと思う。特に昔のLIVE映像。

早い段階でVHSからMP4化してた昔の自分をほめてやりたいとは思う。

まぁ、音源そのものは、DAW/DTMで趣味としてコンテンツ保存してたのも大きいけど。

メロディも、歌詞も、当時の自分が考えたもの。今なら違うものを選ぶかもしれない。でも、作り直してみると、案外そのままでいいと思える部分もある。

昔の自分の曲を、今の自分がどう扱うか。

セルフカバーという言葉だけでは、少し説明しきれない感覚がある。

今度は、昔の自分を曲にした

一方、2026年の新曲「Another Now」。

こちらは昔の曲の再構築ではない。まったく新しく作った曲だ。

テーマは、

「あの頃の僕が、今ここにいたら。」

昔思い描いていた未来と、実際に今いる場所。

30年前の自分が、今の自分を見たら何と言うのだろう。

そんなところから始まった。

歌詞の中に、こんな一節がある。

欲しかったものを いくつか忘れて
欲しくなかったものを 大事にしてる

これ、書いてみて自分でも少し引っかかった。

30年もあれば、そりゃいろいろ変わる。

仕事も、暮らしも、物事の考え方も。

思い描いていた通りになったものもあれば、そうでないものもあるだろう。

というか、そんなに高い解像度で未来を考えてはいなかったけど。。。。

だからといって、今の自分が正解だったとか、間違いだったとか。そんな答えを出すつもりはない。

そもそも、30年前の自分に会えたとして、何を話すんだろう。

意外と、何も言わないかもしれない。

3曲を並べて、気づいたこと

今日、この新曲に関してはリリックビデオをフル、ショートともに展開して初動の手ごたえを得た。

この3曲のShortsが、それぞれ比較的よく再生された。

最初は単純に、反応があってよかったな、という程度だった。

ところが、3曲を並べて考えてみると、妙な共通点がある。

「DaDiDa」と「LoveSong」は、昔の自分が作った曲に、今の自分がもう一度向き合う作品。

「Another Now」は、今の自分が、昔の自分に向き合う作品。

……あれ?

やっていることは、案外同じじゃないか。

もちろん、再生された理由がそこにあるとは限らない。曲がよかったのかもしれないし、映像や投稿のタイミングかもしれない。

でも、作った本人が後から気づくというのも、なかなか面白い。

狙って3曲を揃えたわけではない。

昔の曲を再構築する作業と、新しい曲を作る作業。別々に進めていたものが、思いがけず同じところにつながった。

ふとした懐かしさ、意図せずよみがえる記憶、様々な想い、そういうのを刺激する何かがあるのかもね。。。

1994年から、まだ続いている

1994年にBeatroseの活動を休止した。

2026年に再始動した。

その間、音楽活動は止まっていたけれど、人生まで止まっていたわけではない。

30年以上を経て、昔の曲にもう一度触れ、新しい曲を作っている。

「Another Now」の最後は、こんな歌詞で終わる。

昔よく聴いた 曲が終わって
知らない曲へ そのまま続く
僕は止めずに 聴いている

今になって、この終わり方が妙にしっくりくる。

別に、昔に戻りたいわけではない。

かといって、昔の自分と決別したいわけでもない。

1994年の曲も、2026年の曲も、同じBeatroseの音楽。

そして今も、新しい曲を作っている。

30年前には想像もしなかった形で。

さて、次はどんな曲になるんだろう。

次にBeatroseと出会うのは誰なんだろう。

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